欧州をめぐる3つの分断ーエネルギーを巡って

現在、世界的に、政治経済の潮流は「分断」である。

アメリカではトランプ大統領が敷いたレールに沿って、中国の締め出し、通信事業の欧州からの保護を行っている。中国は反発し一帯一路政策を推進し続ける一方で、香港、ウイグルとの対立を明確化させている。日本は政権交代に伴って、米国との距離を遠ざけ再び中国、欧州との関係を強めつつあるように感じられる。

 

一方で、欧州自体が一枚岩であるかというと全くそうではない。大国のパワーゲームにより第一次・第二次世界大戦の起点となり、冷戦の最前線となった欧州は、現代になりEUによる統合の時代を迎えたが、再び各地で分断が生じつつある。具体的には、以下の3つの地域に関して分断が起こっており、その理由はエネルギーをめぐる問題である。

・イギリスとEU

 

1980年代からイギリスは北海での石油、天然ガス開発によりエネルギー自給を達成してきた。その一方で2000年代になり北海油田の枯渇によるエネルギー輸入国への転落が起こる。

これを受けて近年では再生可能エネルギーに大規模な投資を行い、2020年、石炭火力発電の発電量が0になった。

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([1]出典:自然エネルギー財団)

イギリスは次の政策を進めている:

1)洋上風力発電

洋上風力の出資はイギリス王室が行う。導入量で世界1位である。2030年までに40GWの電源を洋上風力で賄うように「ラウンド1-3」という政策を行っている。

2)水素エネルギーEVヘの転換

ガソリン車とディーゼル車の新車販売を2030年までに禁止。2030年までに5GWの電源を水素エネルギーで賄う。

 

イギリスのブレグジットの目的にも、エネルギー政策があるのではないかという見方ができる。

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([2]出典:エネ百科)

イギリスはEU法に定められた通り2020年までに「イギリス国内で再エネ率15%」という過大な目標を設定され家計部門に負担になっていた。一方でEU全体の化石燃料・(フランス)原子力発電からの安価な電力が供給されることでその開発の妨げになっていた。

EU離脱によりEU法の制限を受けずにエネルギー開発を進めることができる。またEV開発にあたってもEUからの影響を受けずにパートナー国と独自の開発を進めることができる。

 

一方で輸出により収益を得ていたEU諸国、特にフランスとしては反対せざるを得ない

ここに大きな対立の火種がある。

・ドイツ・フランス・イタリア・ギリシャとロシア・トルコ

ギリシャとトルコは共にNATOに加盟しているが、紀元前から仲が悪い国々として知られている。現在この2カ国が係争している案件は、地中海での天然ガス開発である。

東地中海の天然ガス開発では、トルコ・リビアギリシャイスラエルという対立が強まっている。東地中海では2010年ごろから大規模なガス田が発見され、その価値は7000億ドルにもなる。イスラエルギリシャが中心となってガスパイプラインを整備しており、欧州全体の消費量の10%に及ぶと推察される。一方でギリシャへの領有権の主張、EUへの反抗的態度などからこれに参加できなかったのがトルコである。トルコは2019年11月、リビア国民合意政府と結び、地中海のギリシャ領海にまで領有権を主張しており、明確に対立姿勢を崩さない。

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([3]出典:中東調査会)

 

これにボラティリティをもたらすのがロシアとドイツの存在である。

ドイツは、リビアやトルコに武器を供給する一方で、トルコからのパイプラインを受けるなど、リスクの供給を行っている。

ロシアもトルコと結びパイプライン「タークストリーム」の敷設を進め、ギリシャ側にも対抗姿勢を見せている。一方でリビア利権に関してはトルコと反対に反政府側リビア国民軍(LNA)を支持しており、この2国の行動により対立が演出されている。

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([4]出典:JOGMEC)
結局、「仏独伊ギリシャ」対「露トルコ」の争いがリビアと地中海を巡って起きている。

・ドイツ・ロシアとアメリ

ドイツ=ロシア間に敷設されたパイプライン「ノルドストリーム2」は、バルト海中でドイツとロシアを直接つなぐものであり、パイプライン利権で潤う東欧諸国は反対しているが、特に反対が大きいのはアメリカである(ロシアに対し経済制裁まで行っている)。アメリカの目的は、ウクライナの安全保障にあると言われている。

地政学的にみると、米国は、ウクライナの取り込みは「NATOEUの東方拡大」の仕上げに当たる部分であり、マイダン革命まで起こして、西側陣営に加えたものを、簡単に見捨てる訳にはいかない、という面もあるかもしれない。

引用:ロシア:建設進むNord Stream 2とTurk Stream|JOGMEC石油・天然ガス資源情報ウェブサイト

 

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([4]出典:JOGMEC)

 一方で、米国が抱える問題はもう一つある。それはシェールガスである。現在天然ガス価格は下落曲面であり、採掘コストの高いシェールガスは売れ行きが芳しくない。市場として有力な国々に着目すると、中国との敵対関係、イギリスの再エネへの転換、ドイツ・フランス・イタリア...へのパイプラインと続けば、シェアを失いかねない。そのための輸出攻勢として、圧力をかけている可能性もある。いずれにせよ、米国の欧州との資源をめぐる分断が始まっている。

 

EUの分断が意味するものとは

政治の統合を求めてきたEUが分断されていることは、他の地域の統合にも「本当に合理的なのか?」という疑問を投げかける。現に、アメリカでもリベラルと反リベラルの分断、中国でも香港問題や政治主体、あるいは地域ごとの権力が協調しないことが目立ってきている。世界は分断に向かっていてボラティリティが高まっている。

 

一方で、通信技術の発展がボーダレス化を進め、国境や国家の意味が薄れている時代も始まりつつある。国籍や居住地にかかわらず同じサービスを受けられる時代になりつつある。

均質なサービスを受けられるのはエネルギーでも同じなのである。

 

だとすれば、国家が分断によって作り出すのは第一にボラティリティの演出による投資の促進である。イギリスはブレグジットによりリスクオフ資金は減少したが、成長戦略が明確化され他のEU非加盟の北欧諸国と同様に持続的な成長が見込まれる。逆に相場の下落を演出することでリターンを生む可能性を高め、投機を促進する。ロシアはリビア問題に介入することで不安定を作り出し、パイプラインに安定供給する産油国としての地位を高め、石油事業から収益をあげようとしていることさえ想定できる。

 

第二に競争による科学技術の発展である。エネルギーをめぐる問題においても、水素エネルギー、再生可能エネルギーへの転換は決定事項であると考えられる。これを実現するためには、協調では太刀いかない部分もある。分断されることで覇権争いが生じ、これが最終的には統合をもたらすのではないだろうか?

 

どちらにせよ、分断の中で新たに生まれる産業があり、そしてそのプレーヤーの中で誰が主導権を得るのか?ということがこの分断の中で確認せねばならない点であろう。

[1]

国際エネルギー|自然エネルギー財団

[2]

http://www.ene100.jp/www/wp-content/uploads/zumen/4-2-4.pdf

[3]

トルコ・リビア:軍事・海洋境界合意による東地中海諸国の対立 | 公益財団法人 中東調査会

[4]

https://oilgas-info.jogmec.go.jp/_res/projects/default_project/_project_/pdf/8/8080/201801_031a.pdf

[5]

https://oilgas-info.jogmec.go.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/007/943/20191127_Washington.pdf